2015年11月27日金曜日

マインドフルな従業員は顧客をより幸せにするか?

 ※ この記事は、WEBメディア“Mindful”内の記事“Can Mindful Employees Make Happier Customers?”を和訳したものです。ご自身の瞑想やマインドフルネス活動の参考にしてください。


近年の研究では、顧客満足度は従業員が「今ここ」に集中できているときに上昇するということがわかっています。



現在、アドビシステムズからフォード、ターゲット(全米5位の小売チェーン)やグーグルに至るまで、さまざまな企業が従業員にマインドフルネスに関するプログラムを提供しています。もちろん、すべての企業が実際にそこまでの資金と時間を投入する準備ができているわけではありません。そういった取り組みを行う組織をヒッピーや宗教の集団のように見ている企業もあるでしょう。しかし近年行われたある研究は、経営者に瞑想を取り入れるのにうってつけの動機をもたらすでしょう。カナダのある研究者が、コールセンターの従業員が簡単なマインドフルネスプログラムに参加したところ、彼らのクライアント企業の満足度が増したことを発見したのです。

研究の概要はこうです。カナダのとあるコールセンターで、フルタイム勤務のスタッフ43名に、5週間にわたって勤務日には毎日、勤務前の10分、そしてお昼休み後の5分、各自の席についた状態で誘導瞑想を聞かせました。マインドフルネス・ストレス低減法のような、8週間に及ぶ教室での講義と11時間近くの瞑想の練習を必要とする典型的なマインドフルネスプログラムと比べ、この方法は非常に短く取り入れやすいものです。

この研究での瞑想は、身体の状態を観察したり、シンプルに座って呼吸をしたりするような内容で、従業員たちには彼らの机に置く用の小さな「Do not disturb(邪魔しないで)」のプレートも配布されました。彼らは基本的なマインドフルネスの考え方や、思考や感情、身体感覚における「今ここ」の意識を学ぶところから始めました。彼らは、仕事中の不安や心配などが起こす感情の動揺に直面したときでも、穏やかさや受容の感覚を保つように教えられました。また、従業員たちは、研究プログラムの実施期間中に1度、1時間、彼らが日々聞いていた誘導瞑想の声の主である仏教の尼僧との研修に参加しました。

多くの先行研究と同じく、プログラムを通して従業員たちはよりマインドフルになっていき、そして悩みを感じなくなっていきました。彼らのストレスや不安、失望、ネガティブな感情、そして疲れは全て軽減されました。これらの変化はリンクしていました。つまりマインドフルネスな状態が増した人ほど、悩みが軽減されていたのです。特に、よりマインドフルネスでない状態でプログラムを開始した従業員においてこの変化は顕著でした。

研究の一環として、研究者は、コールセンターの従業員と定期的に電話でやりとりを行うクライアント企業側に、サービス満足度に関するサーベイを記入するよう依頼をしていました。5週間後、満足度はわずかにーでも企業が実感するには十分なほどー上昇しました。

「コールセンターに対するクライアント企業の満足度は長年の間停滞しており、満足度を上げようとする数々の試みは成功することなく終わりました。マネージャーたちにとって、クライアント企業の満足度における変化は非常に重要で、意義深く、有益なものなのです。」と研究者たちは述べています。

なぜマインドフルな状態にある従業員はより顧客を満足させることができるのでしょうか?コールセンターでの仕事のつらい一面は不機嫌で不満を持った顧客と長時間接することであり、そんな状態の中で友好的に明るくあり続けるのは言うまでもなく、穏やかで辛抱強くあり続けることも難しいものです。マインドフルな状態にあるスタッフは、自身の内側の反応により敏感になり、顧客により慎重に対応することが可能となり、より優れたサービスを提供できるというのは理にかなった話です。

この研究は、マインドフルネスプログラムと顧客満足を関連づけた初めてのもので、いかにマインドフルネスが生産性に影響するかについて積み重ねられつつある一連の知見につながるものです。研究者たちはすでに、いくつかのタイプの瞑想が記憶力をよくし、集中力を高め、非生産的なマルチタスクを軽減させるのと同様に、創造性をも促進させることを発見しています。また、瞑想の練習により意思決定能力も向上させることができ、マインドフルな営業職のスタッフたちは、顧客たちからより知識が豊富だと評価されるという研究結果もあります。エトナという、従業員向けに瞑想のクラスを提供している別の企業では、瞑想のクラスに参加している従業員は、それによって1週間あたり1時間分の生産性を得ているのではないかと推測しています。

これらの研究結果は、一部の企業幹部にとっては、彼らが持つマインドフルネスに対してのある種の遠慮を克服する助けになるでしょう。そして、研究に引用されているとある企業の人事部門のリーダーによると「マネージャーの多くは、従業員を一部屋に集め、クッションの上で蓮華座を組んで瞑想させ、それによって従業員をリラックスさせるというアイディアにいまだになじめていません。」

でも、蓮華座を組んで瞑想することが、最終的な収益にダイレクトに関係する顧客満足を飛躍的に向上させるとしたらどうでしょう?そして、瞑想にかかる時間が1日たったの15分だとしたら?…そろそろ従業員用の瞑想のためのクッションを発注するときかもしれませんよ。
<おわり>



2015年11月14日土曜日

瞑想に関する説法をやめよう(伝道者も、そして懐疑論者も)

 ※ この記事は、WEBメディア“Mindful”内の記事“Meditation’s Evangelists—and its Skeptics—Need to Lay Off the Preaching”を和訳したものです。ご自身の瞑想やマインドフルネス活動の参考にしてください。

瞑想に関して人に教えを説くことに大した価値はありません。同じ理由で、反瞑想に関して人に教えを説くことにも大した価値はないのです。



10月9日のニューヨークタイムズの論説ページにて、アダム・グラント氏(ウォートン大学の若き前途有望な経営学教授)は、彼に瞑想すべきだと断定的に主張する人たちに対し、憤然と抗議しています。私はこの点に関して彼に賛辞を送りたいと思います。この世に「~すべき」主義よりも迷惑なものはほとんど存在しないでしょうし、様々な問題に対し画一的な解決策を押しつけるのは狭量で狂信的なやり方です。

そして我々が以前から指摘しているように、瞑想について聖人ぶった態度で語るのは人に無視されるための最も確実な方法です。誰かから思考の取り扱い方についての話を聞かされたときに、その主張に対して懐疑的な考え方をするのは健全なことです。グラント教授は押し売りにあったときの自然な、そして知的な反応をしていると言えるでしょう。

おそらく、彼の「瞑想狂」を止めろという抗議は、ある種のシグナルなのです。それは、瞑想を支持している人間にとって、今は誰かに対して瞑想をするよう鼓舞したり、瞑想について長々と教えを説いたりする段階は終わり、瞑想の有効性に関する客観的な証拠を探す作業を地道に続けながら、瞑想を受け入れる準備のできた人たちに向けて瞑想は有益であるということをシンプルに伝える段階に来たということです。レッスン完了、話はこれで終わりです。

ただ、グラント教授は、彼の論説の中で、彼の持論を主張し始めます。彼は、瞑想によって得られるメリットは他の方法でも得ることが可能であるという持論を展開し、これに確たる自信を持っているようです。マインドフルネス、アウェアネス、優しさ、慈愛…これらは人間として存在する我々に深く根差した特質です。それらの美質は、育むことも可能です。瞑想は、これらの美質を養うにあたり、非常に有効な方法ということは様々な人に広く経験されています。もちろん他の方法もあります。そこに議論の余地はありません。

しかし、グラント教授の意見は迷走し始めます。グラント教授は、瞑想の効果がいまだ揺籃期にあり、「特定の疾患の治療や健康増進の分野におけるマインドフルネスをベースとした介入の有効性」がまだ決定的に証明されてはいないことを認める科学者たちの意見を引用しています。でもグラント教授は、その科学者たちは、身体と心についての実践がもたらす効果に関する研究に人生を捧げたまさにパイオニアであることへの言及を怠っています。彼らは、我々が願う研究者像そのままに、長い期間にわたって注意深く、慎重に、瞑想に関して探求し続けています。そしてどういうわけか、彼ら科学者は、グランド教授が引用した、有効性が証明されている非瞑想的なアプローチ、例えば考え方を変えるといった方法よりも、彼らの研究している瞑想分野における証明の基準を高く設定しているようなのです。

何よりも、グラント教授は基本的なミスをしています:何かについてまだ証明されていないということは、その何かが反証されたということを意味するわけではないのです。

長い時間をかけて心を変化させる方法の有効性は、非常に証明しにくいものです。結局のところ、私たちは心について話しているのです。心はものさしで測りにくいものです。瞑想について人に教えを説くことに大した価値はありません。同じ理由で、反瞑想について人に教えを説くことにも大した価値はないのです。

もし、グラント教授が賛同するぐらいに瞑想が有効に働く場合、瞑想を提唱し、日々増加する瞑想を始めようとする人々に精神的なサポートを提供するにあたって、何に留意すればよいでしょうか?

応援の押し売りにはうんざりするものです。人が何かに足を踏み入れ、トライしようとするとき、最も説得力のある証拠は誰かの個人的な経験からもたらされます。そして、何かをやってみようと思うきっかけは、単純に人の「いいらしいよ」というちょっとした提案だったりするものです。

心と身体の健康において瞑想が重要な要素であると提唱する人々にとっては、新しいフィールドが開くまでは、科学の歩みが数十年にわたるゆっくりしたものであることを理解しながら、瞑想の有効性に関する進行中の多くの研究が示す証拠を引用することがますます重要になっていくでしょう。

でも、人々は賢明です。彼らは自分で結論にたどり着けるでしょう。
<おわり>